礼文島は南北約22km,東西6km の細長い島で,最高峰は標高490.0m の礼文岳である.すぐ南にある利尻島がほぼ円形に近い楕円形で,利尻山(りしりざん)が標高1721m(南峰)であるのと対照的である.礼文島の地質は,礼文岳を中心に分布している白亜紀の礼文層群と新第三紀の元地層などから構成されている.
礼文層群は下位から地蔵岩層,ウェンナイ層,アナマ層,内路層,礼文岳層に分けられている.この他に,はんれい岩~閃緑岩の岩脈が主に東海岸で見られる.地蔵岩層には白亜紀前期を示すアンモナイトが,ウェンナイ層からは同じく前期白亜紀のヒドロゾア(クラゲの仲間)や六斜サンゴの化石が産出している.また,東海岸沿いに分布している内路層にはピローブレッチャやハイアロクラスティックブレッチャが含まれており海底火山活動があったことを示している.内路層の放射年代は1億60万年前で,やはり前期白亜紀である.
新第三系は島の北部と南部に分布し,下位から元地層,メシクニ層,浜中層,久種湖層に分けられ,時代は中期~後期中新世である.これらのうち,メシクニ層は内路付近から北部に分布するメシクニ岩相と香深を中心として南部に分布する香深岩相とに分けられている.香深岩相はハイアロクラスタイトを含んでいる.南部には桃岩などの貫入岩が分布している.なお,礼文島の中新世層序については雨宮ほか(1997)や宮坂ほか(2000)の議論があり完全には確定していない.
K-Ar 年代は,久種湖ドレライトが18.2Ma(前期中新世),桃岩デイサイトが13.0Ma(中期中新世),メシクニ層香深岩相の安山岩溶岩が10.4Ma(後期中新世)である.スコトン岬やゴロタ岬にドレライト岩体があるが,これらは稚内層に対比される浜中層中に貫入していて10Ma より新しいと考えられている.元地には前期白亜紀の礼文層群地蔵岩層と断層で接して溶結凝灰岩があり,メノウ浜層と呼ばれている(宮坂ほか,2000).この溶結凝灰岩のフィッショントラック年代は17.1Ma(雨宮ほか,1997)である.
礼文島には元地地すべり,浜中地すべりなどの規模の大きな地すべりが分布している.近年,活発な活動を繰り返してきたのは元地地すべりである.
なお,桃岩は長尾ほか(1963)の地質図幅「礼文島」では輝石ひん岩とされているが,後藤ほか(1995)ではデイサイトとしている.
参考文献
雨宮和夫ほか(1997)北海道礼文島の前期中新世溶結凝灰岩.日本地質学会104年学術大会講演要旨,134p.
石丸 聡ほか(1998)礼文島の地すべり分布と形態的特徴.第37回地すべり学会研究発 表会講演集,163-166.
長尾捨一ほか(1963)5万分の1地質図幅及び説明書「礼文島」.北海道開発庁.
後藤芳彦ほか(1995)北海道北部の中新世火山活動の活動場:K-Ar 年代と主成分の化学組成からの推定.岩鉱,90,109-123.
Hirahara,Y. and Shuto,K.(2008)Petrology and geochemistry of Minocene igneous rocks on Rebun Island,northern Hokkaido,Japan.Journal Mineralogical Petrological Science,103,412-426.
宮坂省吾ほか(2000)礼文島の中新統に関する覚書.秋葉 力先生追悼論文集,137-141.